丸まった針の先に視線を向ける

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丸まった針の先に視線を向ける

藝大在学中に生み落とした文章や想い達 かわいいかわいい我が子

書評 クズの本懐 

 

 

今回は以前書いた、スクエアエニックス出版の漫画

クズの本懐」についての書評を掲載します

 

とても面白い本なので、ぜひ合わせてお読みください。

 

 

 

「温度よ、想いよ。」

 

品行方正な美男美女のカップルとして、周囲から羨望の眼差しを浴びている二人。主人公である安良岡花火と粟谷麦、17歳。「理想」のカップルである二人はある秘密を共有していた。

「私たちは付き合っている でも好きな人がいる お互いがお互いの かけがえのある恋人」

物語の冒頭25ページにも満たない場面、花火の言葉として描かれた。お互い別に好きな人がいる。花火は幼なじみであった国語の教師に、麦は以前家庭教師の先生だった音楽の教師に思いを抱いている。叶わない思いを持ちながら二人は付き合い、花火と麦は互いの好きな人を互いに投影させることで想う相手に触れることを可能にした。

 横槍メンゴのコミック「クズの本懐」(スクウェア・エニックス出版)では、人間の生々しい感情が繊細な絵と綺麗な言葉で描写されている。物語が進むに連れ、二人を取り囲む人間関係はより複雑に絡まり合う。花火が思いを寄せる先生は、麦が思いを寄せる先生のことを好きになり、麦を自分の王子様だと言い張る鴎端モカ(本名:鴎端のり子)も登場する。さらに花火の親友のえっちゃんは花火をずっと好きだったと告白し、花火はその触れられた熱にまんまと満たされてしまうことになる。

 ある朝、空がとても青いのに反して、花火は少しの頭痛と憂鬱な気持ちを持ちながら学校へ重い足を進める。後ろから声をかけられ振り返ると見覚えのない顔がある。以前告白されて答えを渡していなかった人だとゆっくり思い出す。その時すぐに返事をしなかった自分を、若干恨みながら、面倒くさそうに口を動かす。花火の「ごめんなさい」の言葉に相手は泣きそうな表情に変わる。泣きそうなくらい私のこと好きなのか、と感じながら更に言葉を放つ。

「興味のない人から向けられる好意ほど気持ちの悪いものってないでしょう?」

あまりにも残酷な言葉を突きつけられた相手はその後、顔の描写がされていない。また、その状況を見ていた花火に対して好意を寄せる別の男性が「心優しいなぁ…未練の残らないようあえてはっきりと…」とつぶやいてしまうところからもこの物語の狂気的な一面が垣間見える。

 登場人物たちの、得られない相手に向けた愛欲がこの物語を動かしている。ここで見られる愛はアガペーではなく限りなくエロスに近い。彼女たちは見返りを求めている、愛する相手から与えられる愛を、快楽を求めている。「報われない恋 切ない恋 片想い それってそんなに美しいものですか」花火はそう問いかける。読者はNOという答えしか求められていない。ただ好きなのだ、それが彼女たちを狂わせるようになってしまっただけで。大切に大切に握りしめ、貴重な氷を溶かしてしまった昔の誰かの話みたいだ。掴みきれないものを掴もうと力を込めるが故に、余計に速度を増し、水になってしまった氷のように愛情はこぼれてゆく。

 好きな相手を投影させ、別の誰かの体温に身を委ねる。触れられて初めて自分の形がわかると花火は言う。温度は安心を与え、この世界で自分が一人きりではないと否応なく実感させる。好きな人に見立てた麦に抱かれた花火は、母親に抱き上げられた赤ん坊のようだ。人の熱に甘んじ、ふと下されると温度を失い、何がそんなに嫌なのか分からないほど泣きわめく子供の姿に変わる。誰かに触れられないと彼女の存在は無になるのだろう。しかし、また抱きあげられることで、落ち着きを取り戻すが、根底は動かない。彼女の恋は報われず、花火の周りには感情はなく、ただ温度がある。

 人間は「不完全で欠落のある男性・女性」であり「失われた半身」としての異性を地上界で探し、性的な結合を以って、イデア界に存在する完全なる「自己のイデア」に近づくことが出来る、とプラトンは唱えた(イデア界の人間は4本の手、4本の足、4つの目、2つの口…を持っていたらしい、それが完全なる人間であるという説だ)。もし「完全なるイデア界、完全なる自己」の理想が今、現世に存在していなくとも、私たちは愛を、結合を求めるのだろう。そして欲求は永遠の悩みとなるだろう。

親から与えられていたような無償の愛を私たちもまた誰かに与える日が来て、それまではただ情慾の衝動と付き合うことになる。物語はまだ続いており、誰かが結ばれれば誰かは1本の糸に終わる。すべてが満たされることはない。すべてが満たされると思っている人も、もしかしたらいないのかもしれない。叶えられないから追うのだろうか、いや、ただ追いかけることはそんなに美しくない。美しく語ってはいけないのだろう。

 

 

 

 

クズの本懐(1) (ビッグガンガンコミックス)

クズの本懐(1) (ビッグガンガンコミックス)

 

 

お読みいただきありがとうございました

今現在は、新刊も出ており内容もずいぶんと進んでおります。

 

物語が完結したら、また書かせていただきたいと思います。

少しでも面白いと感じたり、興味を持っていただけましたら、を押して応援お願いいたします。

 

今後もよろしくおねがいします⭐︎

 

 

ピコ太郎と人魚

 

ピコ太郎人魚

最近急激にブームとなったピコ太郎、そこに何か既視感のようなものを感じました。

よくよく考えてみると…既視感の元は人魚でした。

ピコ太郎と人魚、近しい点はなにもなく、ほとんど別のものとして、それぞれに魅力があります。

 

私が既視感を感じた理由、

両者にはある共通点があります。

 

それは、デペイズマンであるということです。

 

デペイズマンって誰だろう…。

 

「デペイズマン」はフランス語で、dé(分離)」+pays(国、故郷)+ment(名詞の語尾)と書き、「異郷の地に送ること」という意味を持ちます。

 

異郷の地に送る?

よく分からないですよね、私もわかりません。

 

美術用語としては、

あるものを本来ある文脈から別の場所へ移し、異和を生じさせるシュルレアリスムの方法概念”です。

 

もっと分かりやすく言うと、

どうしてこれとこれが!?ということです。

 

私が既視感を感じた人魚は“フロリダの人魚”と呼ばれるものです。

正式には、ベルギーのシュールレアリスムの画家、ルネ・マグリットが1934年に発表した油彩作品「共同発明」です。

 

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文学のデペイズマン

 

「解剖台の上でのミシンとこうもりがさの不意の出会いのように美しい。」

 

19世紀の詩人、ロートレアモンの詩です。(日本語訳)

このように、文学にもデペイズマンが用いられます。

 

解剖台とミシンとコウモリ傘、これは容易に出会うモノ達ではないですよね。

でもなんとなく美しいと感じます。

 

よく分からないけど、なんだか綺麗、なんだか面白い、不思議で気になる

それがデペイズマンのもたらす効果です。

 

色々なデペイズマン

 

デペイズマンには様々な種類があります。

種類と概要、有名な例をご紹介します。

 

⚫︎人体のデペイズマン

上記で説明したフロリダの人魚はここに属します。

「陵辱」ルネ・マグリッド

 

⚫︎場所のデペイズマン

本来の言語的意味です。ものをあるはずのない場所に置くこと。

「L.H.O.O.Q」マン・レイ

「谷間の家具」ジョルジョ・デ・キリコ

 

⚫︎時間のデペイズマン

絵の全体が夜なのに、他の一部が昼であったりする。

「光の帝国」ルネ・マグリット

 

⚫︎大きさのデペイズマン

実際よりのはるかに大きく、小さく表すこと。

「盗聴の部屋I」ルネ・マグリット

 

⚫︎材質のデペイズマン

形はそのままで材質が異質なものに置き換えられている。

「毛皮の朝食」メレット・オッペンハイム

 

まとめ

デペイズマンは元々、シュールレアリスムの手法の一つです。

芸術は難しいものと思われがちですが、ペンとパイナップルとアッポーペン、とそう遠くはないのです。

 

異質な組み合わせは、発明を行うことなく新しいものを生み出します。

日常のプレゼントやイベント、小学校のポスターの課題から広告までにも生かせる考え方です。

もし何かを生み出すときに発想のヒントとして「デペイズマン」という用語を思い出していただければ幸いです。

 

新しいもの、面白いものの種は身近にたくさん蒔かれていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

紀行文 京都 伏見稲荷

こんにちは、いくりです。

 

寒い日が続き、雪マークはもう見たくない思いです。昨年の夏、京都 

伏見稲荷に行った際に書いた、紀行文を掲載します

ぜひ、ご一読ください!

 

 

心地よい冷たさと朱色

肌寒い日が多くなってきた。暑い季節が恋しい。

私は汗の目立ちにくい紺色のワンピースとつばの広い帽子を選んだ。6月末、夏の始まり。大学の研修旅行で京都を訪れていた。二週間の日程の中で、大抵の名所はすでに回っており、最終日の自由行動で行く場所を、私は前日まで決めかねていた。周りの友人たちは大阪に行くと意気込んでいたが、無計画な私は、帰りのバスを京都発で取っていた。

 

朝、思い立って京阪本線に乗り込み、東福寺で乗り換えて一駅、稲荷駅で降りた。駅名を聞けばわかる人も多いだろう。千本鳥居で有名な伏見稲荷大社を訪れた。改札を出るとすぐに大きな鳥居が立ち現れる。ちょうど昼頃に行ったため、多くの観光客で賑わっていた。日が照りつけとにかく暑く、日陰を求め、足早に正面の鳥居をくぐる。本殿前、階段の両脇に狐の像を見つけ、期待が膨らむ。真っ赤な門を背景に、青味がかった白虎が映える。背筋がすっと伸びていて、想像していたよりも、ずっと凛々しい表情をしている。私は向かって左側の白虎さんの方が好みだ。本殿に向かい、お参りの方法はこれであっていたよな、と思いながら二礼二拍手一礼をする。目を閉じると急に蝉の音が大きく聞こえる。目を開けたことで暑さを思い出す。心が清まった気がする、なんて思いながら、矢印に向かって歩き出す。

 

前触れなく、一つ目の鳥居が目の前に現れ、写真を撮る人で溢れかえっていた。私もとりあえず撮り、連なる鳥居の間を抜けていった。私があと10歳若かったら、千本あるか数えていたと思う。二十歳になっても一瞬数えようと思ったほどだから。ふと、太陽が遮られ、涼しかった。

 

奥社奉拝所に着くと辺りは開けて、のびのびとする。売店に冷やし飴の文字を見つけるが、手書きの看板には年季が入っていて、案の定見当たらない。日陰で涼しいとはいえ、やはり冷たいものが欲しくなった私は、ラムネを買った。仕方なくと思いつつも、何年かぶりに手を取ったラムネに少しワクワクした。子供の頃はふたを開けるのが苦手だったが、今回はかなりスムーズに開けられた。キンキンに冷やされていて、喉を流れる感覚が気持ちいい。甘さが嬉しくて一気に流し込みすぎた。炭酸の刺激が額にシワを作った。昔、ビー玉が取り出せなくて、もどかしい思いをしていたが、口の部分を回すだけで、簡単にときめきを取り出すことが出来た。瓶だけを捨て、ビー玉をポケットに入れた。多くの人が折り返す奥社奉拝所を出て、一つ先の能鷹社まで行くことにした。

 

急に人が減り、艶のなくなった鳥居も目立つ。最後の階段を上りきった所で、息を飲む。池の存在を地図上で見ていなかった私はしばらくの間、圧倒され目を離せなかった。ふうと息を吐く。小さな石の鳥居が並び、線香のような匂いが立ち込めた細い道に入った。祀られた何かは、稲荷大社大神様に別名をつけ奉納された「お塚」と呼ばれるものらしい。狭い道の両脇には苔むしたお塚、隣には静まり返った池。奥に進むにつれて濃くなる線香の匂いは嫌ではない。嫌ではないが、さすがに夜には来れないと思った。

 

池を向いて大きく深呼吸をして、道を戻った。最後の鳥居を抜けると達成感があった。少し空が染まり始めていた。参道にはシャッターの音をさせ始める店もあった。明日には東京に戻っているのかと考え、急に寂しくなる。ふと近くにあったおみやげ屋さんに入った。休憩スペースもあって、甘味のメニューが置いてある。せっかくだからと、かき氷を注文。20代くらいの店員さんが、ガラスの器に乗った小さな緑の山を運んでくるのが見え、目が釘付けになった。氷とあんこに埋もれかけた白玉がつやつやと光っている。一口食べると、濃い抹茶の香りが鼻を通る。美味しい、と頷きながら次々と口に運ぶ。食べ終わってしばらく、帰路につく観光客の流れを見ていた。

「すみません、もう閉店なので…」という店員の言葉に、自分の左手首に目を向ける。

「ああ、はい。ごちそうさまでした」と少し笑顔を作り、レジに向かう。綺麗に並んだおみやげの誘惑に勝てず、まとめてお会計を済ませた。

 

増えた荷物と共に電車に乗って十条で降りる。バスターミナルまで、疲れが出てきた足を少しずつ動かす。夜行バスで7時間ほどの道のり。日付をまたいでも寝付けず、さっきまでの心地よい気分を脳内で反芻する。

私は夏を、旅先においてきてしまった。

 

 

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お読みいただき、ありがとうございました。

もし少しでもいいなと感じましたら、を押し応援してやってください⭐︎!

 

今後も定期的に更新します!

宜しくお願いします。

背伸びした生活の中で生まれるもの

こんにちは いくりと申します。

 

私は今、東京藝術大学 先端芸術表現科に在学して作品を作っています。

文章を書くこともたくさんあります。

 

作っている作品の分野としては現代アート。最近は映像を主な表現媒体としています。

現代アートというと、微妙なリアクションをされがちなので、どんなものでどんな魅力があるのかについてもお話しします。

 

 

現役で大学に進学し上京、少し背伸びをした生活を送ってきたように感じています。そのお話も改めてさせていただきますね。

 

 

私のこれから書く記事が、読む人の気持ちや思考に少しだけでも引っかかってくれればいいなあ、と考えています。

 

大学や学科のこと、美術やそれを取り巻く環境、紀行分書評

何でもない日常を捉えたエッセイなどなどを載せていく予定です。

 

 

私は、たくさん本を読んでいても、村上春樹の本は難しかったり、いい絵本は面白いと思ったります。ブログのお話や情報に救われることがたくさんあります。

 

小説や自己啓発の本が読まれるのと同様に、エッセイや千字に満たないような文章も読み物として広く読んで頂ければと思っています。

 

楽しく心地よく読んでいただけるよう努力してまいります。

長く続けていきますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

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